『トッケビ(鬼)』第4話 フィルムカメラが消えても言葉は使われ続けるのか
市民講座で使った場面で、感慨深かったセリフがあります。時代の移り変わりが早すぎるなあとしみじみしました。
『トッケビ』第4話
永遠を生きるトッケビは、胸の剣を抜くと「無」に帰れます。
剣を抜けるのはトッケビの花嫁だけ。
「無」に帰りたいような、帰りたくないようなトッケビ。
以前にアップした記事の、ちょうど続きの場面です。
甥のトッカと食堂にはいったら、死神がいましたが、
帽子をかぶっているときの死神は普通の人間には見えません。
字幕:昨晩、お前に菓子を買ったか?
トッケビ:어젯밤에 너한테 과자 사준다고 했지.
ゆうべ、お前にお菓子買ってやるって言ったよな。
トッカ:안 했는데.
いや。
字幕:よく思い出せ。
トッケビ:대충 생각하지 말고 잘 좀 생각해봐.
もっとしっかり思い出せよ。
字幕:さっさと酔いを醒まして。
トッカ:대충 깰 생각하지 말고 술이나 잘 깨요.
もっとしっかり酔いを醒ましなよ。
字幕:またビール2缶で泥酔を?
死神:또 필름 끊겼어? 막주 두캔에?
また記憶がないのか?ビール2缶で?
フィルムが切れる
死神のセリフ「記憶がないのか?」の部分
死神:필름 끊겼어?
直訳:フィルム、切れたのか?
酔って記憶がなくなった時に使う、有名な表現ですが、
フィルムカメラやビデオテープなどはすでに生活から消えているので、
この言葉を聞くたびに、時代の変化を感じます。
そして、生活で目にしなくなっても、使い慣れた表現のなかに、
フィルムという言葉は残るんだなあとも。
フロッピーディスクや、テレフォンカードなども
もう若者は現物を見たり触ったりしたことがないかもしれませんね。
慣用表現などに使われていたら、言葉だけでも残るのでしょうけれど。
ダイヤルを回す手が震える、とか
何度もテープを巻き戻す、という
表現も聞かなくなりました。
フィルムカメラは、絶滅はしていないようで、
写真の専門家とか、ノスタルジーで「写るんです」が人気とか、
まだ需要はほそぼそとあるようです。
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動画とセリフ
該当部分の動画です。
トッケビ:뭐 이런 데서 만나?
こんなところで会うなんて。
トッカ:누구를?
誰に?
死神:마지막 회야. 아침드라마 마지막 회, 놓칠 수 없어.
最終回、朝の連続ドラマ、見逃せない。
テレビ:누구나 가슴속에 상처 하나쯤은 갖고 사는 거여.
だれでも心に傷のひとつは抱えているものだ。
テレビ:상처? 당신이 상처를 알아? 너랑은 이별보다 사별이 빠를거야.
あんたに心の傷がわかるの? さっさと死んで別れましょう。
トッケビ:어젯밤에 너한테 과자 사준다고 했지.
ゆうべ、お前にお菓子買ってやるって言ったよな。
トッカ:안 했는데.
いや。
トッケビ:대충 생각하지 말고 잘 좀 생각해봐.
もっとしっかり思い出せよ。
トッカ:대충 깰 생각하지 말고 술이나 잘 깨요.
もっとしっかり酔いを醒ましなよ。
死神:또 필름 끊겼어? 막주 두캔에?
また記憶がないのか?ビール2缶で?
トッケビ:술때문이 아니라 약때문이라고.
酒のせいじゃなくて薬のせいだ。
トッカ:삼촌 왜 그래 무섭게. 거기 뭐 있어?
どうしたんだよ、なにかいるの?こわいな。
テレビ:은비, 혜빈이 딸이에요.
ウンビ、ヘジンの娘なの。
みんな:대박
えー!?
トッカ:집으로 갈 거지?
家に帰るよね。
トッケビ:으악!!!
わーー!!
死神:은비가 혜진이 딸인 거 이제 놀란 거야?
ウンビがヘジンの娘ってことに驚いているのか?
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コメント
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あ! やはり日本語では不自然ですか。自分でも打ちながら何かおかしいって思いました。(笑)
お蔭様でよい勉強になりました。
ところで、一行13-14文字ならやはり縮約しすぎって感じです。
もちろん字幕の露出時間(←韓国ではこう言いますが日本はどうでしょう)も影響するだろうけど。
韓国ではこれほど縮約しすぎて元の台詞の意味や面白みを殺いでいる字幕はすぐにNGが出ます。
韓国ではドラマや映画の場合、1秒の文字数は決められてないんですが、スペースを含めて1行32バイト前後、つまりハングル文字数では16文字で2行まで許容します。
字幕の露出時間は大抵7秒以内程度が普通です。
もちろんダキューやインタビューなどの映像の場合は融通がきいてもっと長くなる場合もあります。
ではまた・・・
カワトシ様
コメントありがとうございます!
1秒4文字や、1行14文字ではない場合もありますが、目安としてよく言われます。
「字幕の露出時間」、これはたぶん、日本語だと「表示時間」というんですかねえ。
1行14文字で2行だと、日本語の場合も表示時間は7秒ですね。
字幕に関しては、
『字幕屋は銀幕の片隅で日本語が変だと叫ぶ』
(太田直子 光文社新書)
という本を10年くらい前に読みました。
ちょっと軽すぎますが、字幕作成の内情が面白く書かれています。
それから、韓国語だと다큐멘터리を다큐と略しますが、
日本語はドキュメンタリーのまま、略さないですね。
最近ようやく略語になれてきましたが、最初のころは、
로코だの케미だの、「省略しないで~」と叫んでいました(笑)。
では、またぜひお越しください。お待ちしています~。
また遊びに来ました!
本当に時代の移り変わりって速いもんですね。
とくにIT技術の発達のせいで隔世の感を覚える時間の間隔もだんだん縮まるような気がします。
(日本語でも「時間の間隔もだんだん縮まるような」って表現をするのか自身がありませんね。もしよかったら教えていただけたら幸いです)
つい何年(?)前までも韓国では「CD를 굽다(直訳:CDを焼く)」って言葉が普通に使われていましたが、USBが出てからこの頃は殆ど見聞きできなくなりました。
ところで、日本の字幕の文字数の制限は韓国より厳しいんでしょうか?
日本での映像翻訳の現状を知らないせいでしょうけど、原文を縮約しすぎているような気がしてなりませんね。
「字幕:」の後にあるのは実際TVとかで放映された字幕でその下にあるのがsokjon2016様の翻訳ですよね?
とにかく、「光陰矢の如し」ですね。
カワトシさま
コメントありがとうございます!
そうですよね、「CDを焼く」って、言っていましたよね。
「時間の間隔が縮まる」は、イメージできますが、
どうでしょう、あまり使わないかもしれません。
字幕でよく言われるのは、
1秒4文字、1行13-14文字
というものです。
かなり少ないですよね。
吹き替えの方が、情報が多いですよね。
字幕の情報量では、元のセリフの面白さが伝わらないなあと思ったのも、
このブログを始めるきっかけです。
私も母語話者ではないので、面白さがすべてわかるわけではありませんが、
時々わかると、人に伝えたくなるんですよね。
昔はよく1年があっという間だと言っていましたが、
最近は5年が束で過ぎていきます(泣)。