『応答せよ1988』でみるオリンピック開会式の思い出

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2018年9日、平昌オリンピックの開会式がありました。これも歴史になって、語り継がれるようになるのでしょう。『応答せよ1988』では、ソウルオリンピックの開会式がドラマの素材になっていました。

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『応答せよ1988』第1話

ドクソンが、オリンピックの選手入場場面で、各国のプラカードを持つ係になり、連日、行進の練習をしている、というエピソードがありました。
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そしてついにオリンピック開会式の日、家族たちはテレビに映るドクソンを見て大喜び。
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ジョンファンの大喜び。
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聖火ランナーに孫基禎さん

選手入場の後に、聖火ランナー登場場面がテレビに映ります。
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字幕:ソン・ギジョンさんが聖火を掲げて入場します。
セリフ:손기정선수가 성화를 들고 나옵니다.

高校の授業で、孫基禎さんについて学んだ記憶があります。教科書か、副読本に写真入りで説明が載っていました。

1936年のベルリン・オリンピックのマラソン競技で金メダルを取った人です。
しかし、1936年というと朝鮮は日本の植民地化にあったので、孫基禎さんは日本代表として出場しました。

教科書か副読本に載っていた写真は、表彰式で、金メダルを取ったのに悲しそうにうつむく孫基禎選手でした。

金メダルを取ったことを報じた「東亜日報」は、孫基禎さんの胸の日の丸を塗りつぶした写真を掲載しました。この事件で「東亜日報」の記者が逮捕され、新聞自体も発刊停止処分された、ということです。

その、孫基禎さんが52年後のオリンピックで、聖火ランナーを務めた。

戦争後、孫基禎さんは韓国でマラソン指導者として活躍し、2002年に90歳で亡くなりました。

1912年に生まれ、23歳でベルリンオリンピックに出場し、75歳でソウルオリンピックの聖火ランナーになり、2002年日韓ワールドカップの年に亡くなった。
すごい人生です。

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イム・チュネ選手

『応答せよ1988』では、孫基禎さんから聖火を受け取ったイム・チュネさんについて詳しく説明していました。
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聖火はイム・チュネ選手へ

イム・チュネ選手は、陸上中距離選手です。初めて金メダリストをとったのが、
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字幕:1986年のアジア大会
セリフ:팔십육년 제 10회 아시안게임
(86年第10回アジアンゲーム)

800m、1500m、3000mで優勝し、
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字幕:韓国史上初のアジア大会三冠王達成
セリフ:대한민국 역사상 최초의 아시안게임 육상 3관왕
(大韓民国歴史上最初のアジアンゲーム陸上三冠王)

イム・チュネ(林春愛)選手は、1969年生まれで、アジアンゲームの時に17歳、ソウルオリンピックでは19歳だったわけですね。

75歳の孫基禎さんから19歳のイム・チュネさんに聖火が引き継がれた。
皆、万感の思いで画面を見つめていたことでしょう。

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