【私の場合】日韓国際結婚、盆正月には韓国の実家へ帰省

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結婚式でさんざん恥をさらしたことが、かえって舅・姑たちとの関係を楽なものにしてくれました。

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嫁の役割?

結婚当時、夫は大学院生でした。
学生は、夏休みと春休みがほぼ2か月ずつあるんですね。
夫の実家への帰省、研究資料探しなど、
一度韓国へ行くとなると、1か月近くの滞在でした。

まず、実家のある済州島へ、
次に、学生時代を過ごした光州へ、
最後に、資料を探しにソウルへ。

彼の両親は、済州島で商売をやっていました。
商品の仕入れのために何人かの人を雇っていて、
食事の時は結構な大人数だったりします。

彼の家族や周囲の人々にとって、私は「嫁」。
「嫁」というものに期待される役割・・・。
とりあえず、「よそもの」にもできることといえば、
邪魔にならない程度に、皿洗いをしていました。

あまのじゃくなのか、なんなのか

特にフェミニストというわけでもないのですが、
どこか「嫁役割」への反発がありました。
「私はあなたたちが期待するような嫁じゃないからね!」
という態度をとってしまうのです。

今思えば、気に入られて、かわいがってもらえばいいじゃん、
と思うのですが、
当時、20歳そこそこの小娘時代は、「嫁」と見られたくない、
「私という人間」への承認欲求というか、
なんだか妙に肩肘はっていました。

はれもの扱い

結婚式では大泣きして退場するし、
その後も、不機嫌そうにかわいげない態度だし、
お姑さんとお舅さんが、ものすごく気を使っているのがわかりました。

お姑さんは「疲れただろう、横になってな」とか、
お舅さんも「ほれほれ、観光地にでも行ってきな」とか、
VIP待遇でした・・・。

韓国での嫁暮らし経験者からは、
「韓国の実家へいくと、お姑さんの前では座れない」
「食事だってみんなが終わってからじゃないと食べられない」
「韓国に帰省すると痩せる」
などなど、時代錯誤的な話をよく聞きます。

私が「お姑さんに昼寝でもしていろって言われた」というと、
あり得ない!と驚かれます。
実際、お姑さんと二人で部屋に横になっていた時、
ドアを開けてしまった夫の弟は、文字通り、目が点になっていました。

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済州島方言

結婚当時、私の韓国語力は、日常生活に不自由しない程度でしたが、
済州島ネイティブの言葉は、ほぼ聞き取れません。

方言は、사투리(サトゥリ)といいます。
チェジュドサトゥリは、ソウルの人たちも聞き取れないというほどで、
たとえば、

知りません=モルンニダ⇒モッラマシ
好いです=チョッスンニダ⇒チョッスガ

活用語尾がまったく異なります。
これに加えて、親戚が集まると、年寄り言葉、幼児の言葉も加わって、
ちんぷんかんぷんです。

プチうつ

済州島での生活は、
夫は商売を手伝うので家にいないし、
言葉は通じないし、
勝手に「嫁役割」にストレス感じるし、
若干、うつ状態だったように思います。

今から思えば、方言を勉強したり、観光地に出向いたり、
気持ちさえあれば、もっと有意義に過ごせたはずなのに、
もったいないことをしました。

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