映画『母なる証明』アカデミー賞ポン・ジュノ監督らしい作品(ネタバレあり)

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最近、ドラマを見る元気がなくて、映画を見るのが精一杯。ドラマは20話=20時間以上ありますが、映画は2時間で完結してくれますので。ちょうど『パラサイト』がアカデミー賞を受賞したおかげで、ポン・ジュノ監督の過去作も映画館で上映されるといううれしいイベントもありました。

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ponさまが、コメントで『母なる証明』について書いてくださり、
もしやまだ見れるかも!と思って映画館に走ってきました。
ponさま、ありがとうございます!

映画『母なる証明』

2009年公開(韓国)
4 (2)
監督:ポン・ジュノ
「グエムル」の次の作品です。

キャスト
母:キム・ヘジャ
9 (2)
エンディングクレジットでも役名마더でした。映画の原題は마더(マザー)

ドジュン(息子):ウォンビン
4 (3)
兵役からの復帰作でした

ジンテ(ドジュンの友だち):チング
10

予告編

あらすじ
薬草を扱う仕事をしながら、知的障害気味の息子を溺愛している母親。
ある日、女子高生が殺される事件が起き、ドジュンが捕まる。
ドジュンは当時の記憶がなく、母親も無実を主張するが、
いい加減な捜査で、無理矢理供述調書にサインさせられる。

ジンテから被害者の周辺を調べろというアドバイスを得て、
ドジュン母は、独自に真相を知っていく。

ドジュンも事件現場にいた老人を思い出し、ドジュン母は老人に会いに行くが、
以外にも、老人はドジュンの犯行現場を目撃していた。
ドジュンは、女子高生にバカにされて投げた石が当たって死んだのだった。

ドジュン母はとっさに老人を殺害し、家に火を放つ。
警察は相変わらずのずさん捜査で、別の知的障碍者を真犯人として捕まえる。

キム・ヘジャさんのワンマンショー

邦題は『母なる証明』ですが、韓国語の原題は、ポスターにもあるように
마더(mother)
です。
エンドクレジットでキム・ヘジャさんの役名にも마더とあるので、
머더(murder)=殺人
とかけているのかもしれません。

各種賞をたくさんとった作品ですが、
芸術性が高いからか、専門家は絶賛、一般客は好き嫌いが分かれる、
という感じです。

この映画を象徴するのが、オープニングとエンディングです。

オープニングは
キム・ヘジャさんが草原で踊るシーン。
韓国の映画業界でも、あまりに有名な名場面といわれています。

エンディングは
キム・ヘジャさんが旅行バスの中でおばさんたちと一緒におどるシーン。

ポン・ジュノ監督は
自分の作品で満足できるものはないが、このエンディングは誇れる
と語っています(釜山国際映画祭の記者会見にて)

とはいえ、この映画、
女子高生殺人事件の犯人として、無実の青年が捕まり、
真犯人であるドジュンは無罪放免、
真相を知る母親は「嫌な記憶を消すツボ」に鍼を指して踊り、
エンディング。

事件が解決してすっきり、という作品ではありません。
確かに好みが分かれる作品だと思います。

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ドジュンは母親の罪を知っていたのか

私も、正直、苦手なジャンルです。
すっきりしない・・・
という感想です。

一番もやもやしたのは、
母親が、ドジュンの犯罪を目撃した老人を殺し、
放火した現場で、ドジュンが母親の持ち物「鍼の箱」を見つけます。
それを母親に渡しながら、

엄마, 이런 걸 흘리고 다니면 어떡해
母さん、こういうの落としちゃだめじゃん

というのですが、
ドジュンは母親がやったこと、分かってるのか?
自分の罪もわかっているのか?
という疑問がわきました。

これに関して、ポン・ジュノ監督のインタビューを見つけました。

正直に言うと、鍼箱を渡す場面のセリフは、シナリオの段階で議論があった。
「母さん、ごめん」といいながら渡すバージョン
「これ、遠くに行って捨てな」と露骨なバージョン
二つ目は証拠隠滅を指図していることになるわけだが、撮影はこのバージョンだった。
しかし、編集の時点で、あまりにもあからさまで、ドジュンの曖昧模糊さというものが消えてしまう。
殺人魔ではない、曖昧さのようなものを残したかったので、悩んだ末に録音しなおして
「母さん、こういうの落としちゃだめじゃん」
に変更した。
これは、証拠隠滅しようとしているようにも見えるし、
単に、母親の大事なものを心配しているようにも見えるセリフだ。
撮影時、私もウォンビン君もずいぶん悩んだ。
このセリフを言う時の表情も、頭の痛い問題だった。
(ドジュンが母親の犯行を知っていたのか)二つの見方があると言える。

なるほど~。
見る人に委ねる、
見る人の人生や考えによって変わる
余韻を残す
映画の作り手も、はっきり決めて作っているわけじゃないんですね。

よろしかったらお願いします!

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最後まで読んでいただきありがとうございます。
皆さまの韓国語の勉強に少しでもお役にたちますように!

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コメント

    • pon
    • 2020年 2月 29日

    石田様 まずは韓国映画やドラマなどでこのように意見交換できる場を作ってくださっていることに感謝申し上げます。
    ドラマではまだ話が盛り上がってわいわい言える場もありますが(それでもジャンルは人それぞれで・・)、映画となると有名どころはいざ知らずほぼ韓国映画で語りあえる人はほぼいず。さすがにパラサイトは見た人が多そうですが。
    こうやって「母なる証明」など いわゆる玄人受けするジャンルで、このようにいろいろ教えていただく場があって とても嬉しいです。

    草原で踊っている振りに意味はあるのだろうなとは思っていましたが、「真実から目を覆う」 とは。
    鍼箱の逸話もへえええ でした。どこかに捨てろ だと、話のラストが全く違ってきそうです。親子で地獄。

    ポンジュノ監督の作品は、小説や絵画を読み解くようで深みにはまっていきそうです(笑)。
    すべてがなんらかの意味があり、すべてのシーンがどこかで集約されていくのです。
    よく「あれ? さっき出ていた人はなにだったのだろうか?」「あれ あの話はどう決着ついたのか?」と見終わって記憶を手繰り、録画を巻き戻してみたりがありますが、そういうことがないですよね。とても緻密なディテール構築をする監督でしょうね。
    「パラサイト」の家も、各シーンの人の動きと場面の見え方を考え抜いて、建築家に相談して実際にあってもおかしくない家を建てたそうです。そんな話を読むと、見ている側としては 意味解きをしたくなりますよね(笑)

    「母なる証明」当時なんで拒否したのか思い出しました。
    いくらなんでもこんな盲目の母親を擁護して、「これぞ母の愛!無償の愛」と歌い上げることはなかろう、韓国の親子の絆って濃厚すぎてついていけない!と思ったのです。その数年前にみたラース・フォン・トりアー監督の「ダンサー・イン・ザ・ダーク」「奇跡の海」も強烈に拒否反応しながら映画館の席に我慢して座っていたことも思い出しました。愛情の押し付けのようで。

    月日を経て、わたしも年を重ね、今は「母なる証明」を共感をもって受け入れることができます。「ダンサーインザダーク」見返したらどんな感想をもつか 試してみたくなりました。

      • sokjon2016
      • 2020年 2月 29日

      ponさま
      うれしいコメント、ありがとうございます!
      私も、こうして同じ作品を見た方と共有できるうれしさをかみしめています。
      たまに「映画見るのが好き」という人に出会うと、つい、
      「どんなの見ますか?」「最近なに見ましたか?」
      と聞いてしまうのですが、
      同じ映画でも、幅広いなあ(遠い目)になります。
      「ダンサー・イン・ザ・ダーク」!!
      私も昔みて、なんでこんなの見ちゃったんだろうと
      激しく後悔しました。
      確かに、「母なる証明」も若いころに見たら後悔したかもしれません。
      ポン・ジュノ監督作品の傾向を知り、韓国社会にも触れた今だからこそ、
      というのは、ありますよね。
      「ダンサー~」も、今見たら、また違うんですかねえ。
      今はしばらくお気楽な映画が見たいな、という気分です(笑)。

    • pon
    • 2020年 2月 27日

    ポン・ジュノ映画祭 間に合われたのですね。2月に1回目があり、3月にも再度上映期間が決まったようで、わたしも未見の「スノーピアサー」を見るか 一押しの「殺人の追憶」に行くか 予定表をにらんでいるところです。

    「母なる証明」初めて見たときは、まだ韓国映画に慣れていなかった(笑)ので、これでもかの暗く汚い映像と押し寄せてくる韓国的情感(親子の愛)に辟易として、途中で拒否反応で気分が悪くなり、冒頭の麦畑は覚えていたものの映画の内容は記憶のかなたに吹っ飛んでいました。
    韓国映画の世界にすっかりはまった昨今、改めて「母なる証明」を見て、決して容認できる結末ではないけれど、殺人までも犯す母親のなりふり構わぬ盲目の愛は、韓国的だけではなく世界中の母の姿なのかも とため息がでました。
    ウォンビンが息子にキャスティングされたのは、彼の無垢な目が買われたとか。ガラケー携帯をパカパカしながら、このまま帰ろうか どうしようかと行きつ戻りつする息子の姿に、この子はほんとうに善意の無知なのだと思いました。ですから、母親に鍼箱を渡すときも「お母さんの大事なものを見つけたよー」と誉めてもらいたい気持ちだったのでは。
    今の時代なら、殺意があったか 殺意を感じられたか など犯罪者の精神状態も裁判で判断されますが、この映画の時代では、有無を言わさず死刑だったことでしょう。母親は息子を守るために、一生地獄の苦しみを背負って過ごすのでしょうか。なんとも、やるせないラストでした。

      • sokjon2016
      • 2020年 2月 27日

      ponさま
      コメントありがとうございます!
      ほんと、この映画、いわゆる「玄人ウケ」でしょうね。
      麦畑で踊るシーンについて検索すると、
      手で顔を隠すのは「真実から目を覆う」意味があるとか、
      最後に手を服に入れるのは「真実を隠す」意味があるとか、
      そういう「深読み」も面白さの一つなのでしょうけれど、
      私は、言われないと分からないので、苦手なジャンルです。

      ウォンビンの「鹿のような目」というのは、ほんとうにそうですよね。
      私も、他意なく「お母さんの大事なもの」を見つけただけかと思っていたので、
      最初は「遠くに行って捨てろ」というセリフだったことが驚きでした。

      観光バスの中で踊る他の「お母さんたち」も、
      大なり小なり、憂鬱な爆弾を抱えていているんだろうなあ、
      というのが、最後のシーンの怖さでもありますね。

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