映画『バーニング』、映画らしい映画とは、こういうことだったのか~

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村上春樹の小説を原作とした映画『バーニング』が、2019年2月1日、日本で公開されました。ちょうど「映画の日」でもあり、さっそく見に行ってきました。前日の夕刊に大きく広告が出ていて、映画界の著名人たちの感想を読みながら「玄人受けする作品なんだな」という印象ではありましたが、感想を一言でいうと「よくわからにゃい」でした。

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『バーニング』キャストとあらすじ

2018年5月、韓国公開  2019年2月、日本公開
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監督:イ・チャンドン
イ・ジョンス:ユ・アイン
(大学卒業後、小説家をめざす無職)
ベン:ヨン・サンヨプ(スティーブン・ヨン)
(ジョンスの幼なじみで、生きる意味を求めている)
シン・ヘミ:チョン・ジョンソ
(正体不明の金持ち青年)

あらすじ
ジョンスとヘミが出会い、ヘミはアフリカ旅行の間、自宅のネコの世話をジョンスに頼む。
ヘミは旅先で出会ったベンと一緒に帰国し、ジョンス含め3人で何度か会う。
突然、ヘミと連絡がつかなくなったジョンスは、ベンを疑う。

予告編

謎解きのためのキーワード

日本公開の前日にみた新聞広告
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ジョンスとヘミが出会った時、ヘミはアフリカに行きたいと言って、
アフリカの部族で語られている言葉を紹介します。

リトルハンガー:お腹を満たすための食べ物を求める人々
グレートハンガー:人生を満たすための意味を求める人々

自分はグレートハンガーになりたいのだと。
そして、パントマイムを習っているといいます。

パントマイムは、そこにないモノを表現する。
「ない」ことを忘れれば、「ある」かのように表現できる。

ベンがヘミとジョンスを自宅に招いてパスタを作ってくれます。
ベンが「メタファー」という単語を使います。

ベンは料理は自分の創作物で、捧げものだと言います。
ジョンスは自炊だから否が応でも料理はするものだと言います。

ジョンスの家にベンはワインをもって、ヘミと一緒に訪れます。
そこでビニールハウスの話をします。

ベンは、2か月に1度のペースでビニールハウスを燃やす。
汚くて価値のないモノを燃やすのだと。

ヘミが消える。
ジョンスは家の近所のビニールハウスを巡回して警戒します。
でも一つも燃えていない。
ジョンスはベンを問い詰めます。

君の家近くのビニールハウスを燃やしたよ。
近すぎると気が付かないのかもね。

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いろいろな解釈が可能

まず、リトルハンガーとグレートハンガー。
パスタの会話から、
ジョンスはリトルハンガーで、
ベンがグレートハンガーなのかな?と思わせます。
そして、ヘミはグレートハンガーを目指す人。

でも、ベンの交友関係をみるととても上っ面で空虚な感じです。
生きる意味を渇望するヘミに対しても、誠実に向き合っているようには見えない。

ここで、ヘミのパントマイムの話。
「ない」ことを忘れれば、「ある」ように表現できる。

グレートハンガー、つまり人生の意味を「ある」ように見せかけているのが
ベンなのか?

そして、ヘミの失踪。
本当に失踪したのか。
もともとヘミは、いなかったのか?
ヘミも飼いネコも、「ない」ことを忘れようとして「いる」と思い込んだ
ジョンスの妄想?

これはよくわからないし、わかる必要もないし、
10人いれば、10通りの解釈が出てきそうな気がします。

ビニールハウスを燃やすとは

これも何かのメタファーなのでしょう。

ジョンスの父親が、
怒りを調節できない人間で、暴行で裁判沙汰にまでなっています。
怒りをコントロールできない・・・
ジョンスにも、その傾向があるように見えます。

ベンにとってのビニールハウスが何のメタファーかわかりませんが、
ジョンスにとっての「燃やす」は怒りのメタファーに思えます。

無職のジョンス。
ベンを見ながら不平等な社会に不満を感じ、
労働者をモノ扱いする会社に不満を感じ、
歎願書は書けるけど、小説は書けない不満を感じ、
(歎願書はリトルハンガー的で、小説はグレートハンガー的)

そういう不満や不安が限界こえたところで、
ジョンスが「バーニング」したのでしょうか。

ビニールハウスは、
グレートハンガー(生きる意味)を渇望しながら、
「ない」ものを「ある」と騙して生きる
むなしい現実社会のメタファーなのか。

思い込みでわからなくなる

ただ、映画が一貫してジョンスの目線なので、
「ベンがヘミを殺したのか?」と、
見ている私もそう思ってきてしまうのですが、

小説書けない、
父親は有罪になり、
就職もままならない、
セックスしてくれるヘミを失い、

それらの不満や不安を、
「苦労知らずの勝ち組ベン」に八つ当たり
したいための、言い訳じゃないか、という気もしてきます。

いろいろな解釈を試みても、
すべて「~なのか?」と?が付いてしまいます。

人生や、人間や、社会を深く洞察して作られた映画だということも、ものすごくわかるし、
こういう映画を見て思索することが大事なんだと思います。
ただ、私は、分かりやすくてお気楽な商業映画に毒されすぎてしまっていますので、
ここまで考えるのが、限界です。

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